「いくら、仕事だからってさぁ」
寝込んでる人間を放っておくかね、なんて。
いつもよりしゃがれた声でぼやく家主をシカトして俺は今、お粥を作るべく台所に立っている。


俺がこの病人からのメールを見たのは休憩に入った昼過ぎのことだった。
『ちょっとこのままじゃ死ぬ。食いもんとポカリ頼むわ。』
どうやら風邪+高熱で動けないらしい。
あいつは病的に体温が低いから、普通の人間の微熱程度でも結構辛いと思う。
(カップラーメンなんて不健康なものばっかり食ってるからだ)
心配かと聞かれれば勿論心配だが、そんな事を言われてもこっちにだって都合があって。
生憎これから予約客続きで、はっきり言って抜けるのは不可能。
土曜だからもう少し待てばサイバーが帰ってくるかな、とも思ったがすぐに打ち消した。
多分お使いを頼んでも行ってくれないだろう。
KKとサイバーは何故か相性が悪い、と言うかサイバーがKKを一方的に敵視している。
KKは自分が嫌われていることをむしろ楽しんでるみたいだったが。
俺は仕事があるから無理、弟はハナから無理。
いやそもそも、誰に頼もうにもKKの性格を考えると無理っぽい。
人並み以上に他人に弱いところを見せたがらないから。
・・・うわ、何か俺すごく頼られてるみたいじゃん。
そう考えると行ってやっても良いかもなんて思ってしまうが、慌てて首を振った。
仕事とプライベートはきっちり分けるたちなんだと言う考えのもと、俺はKKに返信した。
『ゴメン。今日は抜けられそうに無い。終わったら行くから頑張って。』



「文句言うなよ」
こんな憎まれ口が叩けるくらいなら心配して損した。
これでも閉店後の掃除やもろもろやるべきことを犠牲にして、バイク飛ばして来たんだ。
「ほら、お粥。味も保証しとくよ」
家は両親が美容室を経営してて共働きだったから、サイバーが風邪ひいた時はよく俺が作ってやってた。
だから、自慢じゃないが料理は結構上手い。
「ん・・・悪ぃ」
できたてのお粥をフーフーと冷ましながら食べるKK。
その仕草が、改めて見ると何だか子供みたいで思わず笑ってしまった。
髪を結ばずに下ろしてるから、いつもより幼く見えるせいかもしれなかった。
そういえば猫舌だったっけ。それなのに出来たてのラーメン好きなんだよな。変なの。
俺が笑ったのに気付いてKKはちらっとこっちを見たけど、何にも言わないで相変わらず怠そうにお粥を冷ましている。
やっぱり子供みたいだな、なんて思った。


「なぁ」
お粥を食べ終わってまた横になってたKKが俺に声を掛けてきた。
片付けも終わらせ、音を小さくしてテレビを見てた時だったから、少し驚いた。
「起きてたのか?」
んー・・・なんて生返事をするから結局どっちだか分からない。
「なんだよ」
「キスしてぇ」
「・・・はあ?」
起きたと思ったらいきなり何を言い出すんだこいつは。熱でもあるのか?・・・あるのか。
「キス、したいんですけど」
俺が聞き返したのを聞こえてないとでも思ったのだろう。
KKは同じ事を丁寧に繰り返して、「いい?」とか言う。
そうじゃない、聞こえてるっつの。
「いや、俺が言ってるのはね、何でいちいち断りを入れるのかって事なんですけど」
いつもは俺が何をしてようが構わず、不意打ちで口付けてくる事が多いのに。
そう言うのに馴らされてしまっていたから、こんなの逆に照れてしまう。
「あー・・・」
熱のせいで思考がうまく回らないのだろうか。
部屋に上がり込んでからこっち、KKの口調はどこか緩慢だ。
そのせいで、何だかいつもより色っぽい気がした。
「何となく、と言うか」
「うん」
「風邪引いてっから、感染るとあれかと思って、いちお断りを入れとくか、みたいな」
そこで言葉を切ると、言わせんなよ、とでも言いたげに視線を遣ってくる。
つまりこいつなりの気遣いってことなのか?すごい意外。
・・・あ、今ちょっと可愛いかもなんて思ってしまった。
良いかな、キスくらい。でもこれで風邪が感染ったら困るな。
仕事休むわけにもいかないし。やっぱ駄目かな。
「風邪が治ったらいくらでもしてやるから、今は駄目」
「けちぃな」
「そう思うなら早く治れよな」
汗で張り付いた長めの前髪を梳いてやった。
何も言わないから暫くそのままでいたら、またKKが口を開いた。
「んー・・・じゃあさ」
「今度はなに」
「キスしないから抱かして」
「・・・・・・」
お前高熱で動けないんじゃなかったのかよ!
甲斐甲斐しく世話を焼く俺の温かみに触れて人恋しくなったのかと思ったのに。
そうだった。風邪っぴきとは言え所詮こいつはKKだった。
一瞬でも、キスくらいなら良いかななんて思ってしまった自分、さよなら。
「病人は大人しく寝てろっ」
そんな思いを込めて手もとにあったクッションで、KKの顔面を思い切り殴ってやる。
そしてそのまま風呂にでも入ろうと俺は立ち上がった。
病人には優しくしろよー、なんてくぐもった声が聞こえたけど、無視。
なんか耳が熱くなった気もするけどそれも無視して、俺は風呂場の扉を勢い良く閉めた。



・・・後日、全快した元病人にことごとく優しくしなかったと見なされた俺は(お粥とか作ってやったのに!)、仕返しとばかりにひどい目に遭わされた。
腰が痛くて動けない。明日からの立ち仕事どうしてくれるんだ。





あとがき
KKは、ちょっとえろいくらいがちょうど良いんだ。
どこか相手に付け入らせる無意識な危うい隙がある男だとなお良い。