「はぁ・・・」
吐き出した息が白く闇に溶けていく。
暗い夜道を一人、心なしかトボトボと歩く影。
「何でこんな事に・・・」
特定の相手にだけ気弱な狼男は、本日何度目かの溜息と共に呟きを吐き出した。


今日の運勢


新曲のプロモーションで、掲載される雑誌のインタビューと写真の撮影という仕事だった。
スマイルが最初にスタジオに入り、朝に弱いユーリはいつも通り遅刻、付き合わされたアッシュも遅刻で、その分二人の撮影もインタビューも遅れた。
二人が着くまでの間にスマイルはどちらも済ませており、ユーリとアッシュが着くとすぐ全員揃っての撮影となった。
(つまりユーリの遅刻は相当ひどいものだったと言う事になる)
インタビューは個人だけだったのでスマイルはもう仕事終了なわけだが、
「私が終わるまで待っていてくれ」
というユーリの一言でスタジオの一角でお気に入りのフィギュアと戯れていた。
ユーリが先に撮影に入り、アッシュはインタビューを受けたわけだが、インタビューが先に終わるのが当然である。
悲劇はその後起こった。
メイク直しのために一旦撮影が中断された時、スマイルがちょろちょろっとアッシュの方に寄って来た。
「どうしたんスか」
「じゃ僕たち、先に帰るね〜って言いに」
「は?」
「ユーリがインタビュー終わったから帰るって言うから。僕はユーリが待ってろって言うから待ってただけだし」
「えっえっじゃあ俺はどうなるんスか!」
「撮影頑張ってね〜」
「ばっ晩ごはんは!」
「昨日の残りをあっためて食べるから」
スマイルはニシシと無邪気に笑うと、ユーリ待たせると機嫌悪くなるから、とさっさと行ってしまった。
「待・・・」
一人残されたメンバーの肩に、メイクさんが同情するようにポンと手を置いた。
しかし不幸はまだ続いた。今日に限って財布に金が殆どなかったのだ。
タクシーを飛ばしてスタジオまで来たので、当然といえば当然なのだが。
おかげで電車賃が足りず、3駅分歩く羽目になった。
そして今に至る、と言う訳だ。
「寒いっス・・・」
特に心が。と付け加えたい所だが、自分が悲しくなるだけなのでやめた。




一方先に帰宅したユーリとスマイルは、もはや取り返しの付かなくなった台所を放置しつつアッシュの帰りを待っていた。
ユーリはソファで優雅に読書、スマイルはその隣に寝そべって寛いでいる。
この光景から、誰が台所の惨状を想像できるだろうかと言うほど穏やかな雰囲気だ。
食事を温めて食べ終えた所までは良かった。
問題は、後片付けだったのだ。
「ね、ユーリ」
「何だ」
「スマイル遅いね」
「そうだな」
「あの台所見たらアッシュ何て言うかなぁ」
「・・・・・・」
洗剤と泡と皿の破片と水でごちゃごちゃになった悲惨っぷりを思い出して、ユーリは眉を顰める。
「ちょっと恐いけど、ちょっと楽しみ」
「どうかな。あいつ台所は俺の城だ、とか言っていたからな。怒り狂うかもしれん」
「あー・・・」
顔を真っ赤にして涙目になって「ひどいっスよ!」などと叫ぶアッシュも見物ではあるかもしれない。
だが、その様子を笑いなどして怒りを買うのは御免だ。
「仕方なかろう。お前はウチの大事なギタリストだ。割れた皿の破片で指に怪我をされたら困るからな」
「大事・・・」
スマイルの好きなように指と指を絡ませてやっていたユーリが、ふっと笑う。
「そうだ」
「そっか」
「それに、私もあれの始末をするのは気が進まない。あいつが帰ってくる前に、お前は寝た方が良い」
「ユーリは?」
「私は、あいつのご機嫌取りだ」
息を吐きながら仕方無さそうに答えるのを見て妙に納得したのか、
「分かった。お休み〜♪」
スマイルは寝転がっていたソファからからむくっと起き上がると、パタパタと自室に戻って行った。
「さて、と」
立ち上がって窓際から外の様子を眺める。
程なくして、話題の中心人物が歩いてくるのが見えた。
「主夫の到着だ」




やっと辿り付いた我が家は、いつもより輝いて見えた。
外から見て明かりはついてはいたが、中に入ってみても静かだった。
多分二人とも寝てしまっているだろう。
遅刻に付き合わされた上に先に帰られて、電車にも全うに乗れないなんて。
何であんな吸血鬼が好きなんだろう、なんて思っていたら自然と口から言葉がこぼれた。
「ああ・・・俺ってフビン・・・」
「誰が不憫だって?アッシュ」
「ユッユーリ!」 見上げれば階段の中ほどに全ての根源の吸血鬼が優雅に座っている。
「遅い・・・待ちくたびれたぞ」
「ゴメン・・・て、だって!」
条件反射的に謝ってしまう自分を叱咤してユーリに文句の一つでも言ってやろうとしたところを片手で遮られる。
「大声を出すな。スマイルが起きる」
「う・・・」
「どうした、お前はそんなに不憫なのか」
「だってひどいッスよ」
首をかしげて無言で続きを促すユーリに、今度こそ愚痴を垂れた。
「仕事昼からだったのにユーリ全然起きてくれないし」
「・・・」
「遅刻に付き合ったのにユーリ先に帰っちゃうし」
「・・・・・・」
「お金足りないから途中で電車降りて歩いたら外すっごい寒いし・・・」
ユーリにしてみればそれ程大した事がないようだが、アッシュは自分で言ってて惨めになって来たようだ。
うなだれた緑頭に呆れたように上から呆れた声が掛かる。
「おい、こっちを向け」
「何スか・・・」
よろよろとアッシュが顔を上げると、急に視界が暗くなる。
同時に一瞬温もりを感じた気がした。
「ふん、冷たいな・・・唇も」
「・・・!」
その温もりが目の前の唇だと分かったのは、ユーリの婉然たる微笑みを見た後で。
「ユ、ユーリ・・・」
「夕飯の後片付けをしてないんだ。終わったら私の部屋に来い。・・・暖めてやろうか?」
「えっ」
それだけ言うと、ユーリは階段を上って行ってしまった。
残されたアッシュはというと。
「俺、俺頑張るっス・・・!」
俄然やる気になって台所に向かって行った。
「・・・全く、扱いやすい」
笑みを含んだユーリの言葉は、アッシュの耳に届く事はなかった。

深夜の台所にアッシュの悲鳴が響き渡るまで、あと5秒。




あとがき
これでもアシュユリと言い張る。